事業計画&重点項目


令和6年度 北九州市医師会事業計画

昨年は4年もの長きにもわたり社会を混乱に陥れた新型コロナウイルス感染症が感染症法上の5類に移行され、ひとつの大きな節目を迎えた。日常生活が戻って来た一方、ウイルスは完全に消滅したわけではなく、変異を繰り返しながらまた流行の波がいつ襲って来てもおかしくない状況が続いている。更に寒冷期の代表的な疾患であるインフルエンザが季節を問わず猛威を振るうなど、かつての常識では考えられないような疾病構造の変化を来たしている。
今後、予想もしないような新たな感染症の発生や根絶したと思われていた感染症の再興にも注意しながら、引き続き当面する感染対策に取り組むとともに、コロナ禍により増大したといわれる高齢者のフレイルや社会的な孤立によるうつ病、認知症等の対策にも努めていかなければならない。
ペスト、コレラ、スペイン風邪と歴史に学べばいつの時代もパンデミック後は社会が大きく変わると言われ、人々の思考や行動様式が変化をして来た。今回も新型コロナウイルス感染症を経験して、社会システムや産業構造は転換を迫られ、ニューノーマルと呼ばれる新たな生活様式が常態化しはじめた。
その代表例がデジタル化であり、コロナによる様々な局面において図らずも我が国がデジタル化の途上国であることが露呈した結果、今後社会のあらゆる局面においてデジタル化は避けて通ることができない。医療界においては医療DXの推進であり、厚生労働省も対前年度比で4倍もの予算を計上し、これまで脆弱と言われて来た医療システムの横軸の整備を加速度的に取り組むとしている。
具体的には「今後の人口動態や経済の変化を見据えた保健・医療・介護の構築」をテーマに、重点施策として保健・医療・介護情報を活用するための標準化や全国医療情報プラットホーム・介護関連データ利活用のための基盤整備、マイナンバーカードと保険証の一体化、診療報酬改定DXの推進等を掲げている。デジタル化はインフラの整備やシステムの構築、初期投資、データ入力、セキュリティの確保等が壁となるが、業務の効率化や他院・他科受診に伴う重複投薬・重複検査等ネットワークから得られる情報によるメリットも多い。ただ、その推進にあたっては医療費適正化の名のもとに審査基準との適合や療養給付の適正性の評価が法定化されることのないよう注視しながら、医療機関の負担軽減に向けた国や行政への働きかけと会員が等しくデジタルの恩恵を享受できるよう支援に努めていきたい。
2024年度は医療界にとって大きな変革の年となる。急速に拡大する医療・介護需要を前に、支え手となる人材の確保等に対応するための第8次医療計画や発足から25年目を迎える介護保険制度に関わる新たな事業計画がスタートする年であり、医師の働き方改革の実施により生じる様々な問題にも対処していかなければならない。
また、昨年5月に「こども・子育て支援の拡充」や「高齢者医療を全世代で公平に支え合うための高齢者医療制度の見直し」「医療・介護の連携機能及び提供体制等の基盤強化」を柱とした「全世代対応型の持続可能な社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律(通称:全世代型社会保障構築法)」が成立し、一部を除き4月から施行される。
これらの課題に対応するための対策の1つが地域医療構想調整会議であり、単なる儀礼的な場として形式的に行うのではなく、真に地域に必要な医療を効率的に提供する体制の構築とその維持を目的として、医療機能の分化と連携を厳正に進めていかなければならない。特に本市は旧5市が合併して誕生した歴史的経緯もあり、各区にはそれぞれ特色ある豊富な医療資源が存在するため、それぞれの地域が持つ特徴を生かした医療連携を基盤として市全体の提供体制を構築していきたい。
我が国は2011年より人口減少社会に入り、以降一貫して下降トレンドを辿っている。合計特殊出生率は1.26で年間出生者数が初めて80万人を割り、出生者数は毎年約4%ずつ減り続けている。言うまでもなく人口の減少は経済の衰退や社会保障の維持を困難なものとするなど、国家の基盤を揺るがす深刻な問題である。
1968年以来誇って来たGDP世界第2位の地位が2010年に中国、2023年にドイツに抜かれ、更に3年後の2027年には出生率2.05人、生産年齢人口が7割近くを占めるインドにも抜かれると言われている。
本市においても国立人口問題研究所の試算によると2040年の人口は約80万人と推計されており、改めて急務の課題として、子どもを生み育てやすい社会の実現を加速させていかなければならない。
ただ少子化対策は一朝一夕に成果の出るような簡単な問題ではなく、官民が垣根を超えて実施すべき総合政策であり、一人ひとりの市民もまたその立場や世代、性差に関係なく、それぞれができることに取り組んでいかなければならない社会的課題である。岸田総理が「2030年代までが反転のラストチャンスである」として異次元の対策に取り組むと宣言をし、昨年4月には縦割行政を一元化させるべく「こども家庭庁」を発足させ、こども子育て政策の強化を図る司令塔として「こども未来戦略会議」を立ち上げた。こうした動きは全国の自治体にも広がりつつあり、本市においても市子ども家庭局や専門医会と連携しながら、5カ年計画の最終年となる「元気発進!子どもプラン(第3次計画)」(次世代育成行動計画+子ども・子育て支援事業計画)の遂行に向け、全国的に評価の高い個別方式による乳幼児健診やペリネイタルビジット、小児救急、虐待防止、出産環境の充実等に取り組み、そのバリエーションに富んだ先駆的な活動が引き続き全国の儀表となるよう発信し続けていきたい。
一方、高齢化率は平成に入った頃、12%程度であったものがこの30年の間に30%近くにまで達した。来年にはいわゆる“団塊の世代”と呼ばれるすべての人々が75歳以上となり、全体でも実に5.6人に1人が75歳以上の高齢者となる。
更に高齢化のピークとされる2040年頃にはすべての団塊ジュニアが65歳を超え、85歳以上の人口も急増し、認知症や要介護者の増加が懸念される。特に高齢者の単独世帯や夫婦のみの世帯が多い本市はその縮図であり、政令市で最も高齢化率の高い状況から最近では「九州で最も早く栄えたが、衰退に直面する都市」と揶揄されることもある。
こうした少子高齢社会に対処していくために、一人ひとりのかかりつけ医がその機能を如何なく発揮できるよう支援し、かかりつけ医が中心となった多様な医療・介護の担い手から成る地域包括ケアシステムを地域医療構想との両輪で推進させていかなければならず、引き続き特定健診やがん検診の受診率を高め、市民の健康づくりや介護予防・認知症対策に取り組み、健康寿命の延伸や高齢者の自立支援、重度化防止を図りたい。
かかりつけ医については、かつて故 安倍晋三 元総理が日本医師会の「赤ひげ大賞」の表彰式において「かかりつけ医という大切な仕組みをしっかりと広く、国民の健康維持の仕組みとして定着させていきたい。(中略)長いお付き合いのできる医師の存在は体だけではなく、精神的な面でもとても大切なのではないでしょうか」と祝辞を述べられたように、本来、法で規制するような制度ではなく、患者が自らの体験による思いや意志を持って親しみを込めて発する愛称であり、医師もまたこれに誠心誠意応えようと努める関係の中で、自然発生的に醸成するものである。
にも拘わらず、厚生労働省は2025年度からの機能報告制度の施行を決め、今夏までに対象となる医療機関や報告項目、国民への情報還元方法等の重要な制度設計をまとめようとしている。我々は法制化や制度化には頑として反対するが、かかりつけ医が地域で求められる需要に対しては、日々の診療への対応や継続的な医学管理のみならず、救急や在宅医療等を面で幅広く提供していく機能を確保し、患者が選択しやすく透明性の高いものとなるよう、目指していきたい。
働き方改革については医師の健康確保と地域医療の維持という大原則のもと、長年にわたる医師への献身的な努力を強いて来るばかりの政策を改めさせ、医師の健康を確保するとともに、一方において地域医療、特に市民ニーズの高い救急医療が瓦解してしまわないよう、開業医には「初期救急は我々が担う」という定見をもって、本会発足時からの救急医療に対する基本理念である「居おれば診みる」を今こそ銘肝し、自身の患者の時間外への対応や会員の出務により成り立っている急患センターの強化に一層の協力を求め、何としても安心安全な市民生活を支えるべく、救急医療の崩壊を防がなければならない。
また、勤務医の負担軽減に繋がるよう、医療スタッフへのタスクシフト・シェアの推進に加え、市民に対しては救急医療のおかれた窮状について、丁寧に説明を行う他、厚生労働省が提唱する「上手な医療のかかり方」をはじめとした適正な受診の仕方を繰り返し啓発していく。
北九州市医師会は未曾有の少子高齢化をはじめとした山積する社会保障に関する課題を前に、国民皆保険やフリーアクセスといった世界に冠たる優れた日本の医療制度を堅持するための一翼を担うべく、今年度も引き続き県医師会や各区医師会・専門医会・産業医科大学等と問題意識や課題を共有しながら、関係をより深化させ、行政や関係機関と一体となって保健・医療・介護にかかる諸施策の推進に取り組む。
そのために役員は英知を結集し、工夫を施しながら効率的な会務の運営に努め、市民が生涯を通じて心身ともに健康で豊かな生活を送れるよう、市民生活の根幹を成す社会保障制度の充実に専心すべく重点項目をはじめとした事業項目の推進に邁進する。


令和6年度 北九州市医師会重点項目


1.感染症対策
新型コロナウイルス感染症の5類への移行に伴う新たな制度のもとでの対応に取り組むとともに、引き続き県医師会や地区医師会、行政らと連携し、必要な対応・対策が施せるよう、検査体制や発熱外来、オンライン診療対応医療機関の拡充等、医療資源を確保しながらあらゆる手立てをもって感染対策に注力していく。
新型コロナウイルス感染症での経験を生かして、平時より行政や感染症指定医療機関・急性期病院・療養病院・診療所・高齢者施設との連携を深め、保健所や夜間休日急患センターには更なる機能強化を求めるとともに、感染拡大時やゴールデンウイーク・お盆・年末年始等、医療資源が僅少となる期間を含めて万全の医療提供体制を整えるための方策を講じていく。
また、「感染対策カンファレンス」や「北九州地域連携カンファレンス」「医療安全対策研修会」等の開催を通して、医療従事者の感染症に対する知識や技能を高めるなど、医療機関が取り組む新興・再興感染症対策を支援する。
更に、コロナ禍における免疫負債の影響からかRSV、hMPV、ADV、ヘルパンギーナをはじめとした小児に対する様々な感染症が同時流行しており、保護者等への正しい知識の普及にも取り組む。
近年、感染者数が急増し、本市において過去最多の患者数となっている梅毒をはじめとしたAIDS等の性感染症については、行政と一体となった市民への啓発のみならず、医療機関に対しても対策等の情報提供を行う他、本市で年間200人前後の新規患者が発生している結核については人口10万対罹患率が15.2と全国の9.2を上回り、政令市で2番目に多く、依然として主要感染症であることを改めて認識するとともに検診受診率の向上を通して早期発見・早期治療に繋げる等、取り組みを強化しなければならない。
感染症に対しては市民の科学的な根拠のない予防接種に対する負のイメージを払拭し、新型コロナウイルスワクチンをはじめとした各種予防接種の接種率向上を図るべく、行政に対し、より多くのワクチンの公費化を求めていく。
福岡県がワンヘルス対策における先進地区として、人と動物の共通感染症対策や共生社会づくりの推進等、先駆的な対応に取り組む中、本会においても北九州市や北九州市獣医師会と締結した「ワンヘルス推進宣言」に基づき、市や県が設置するワンヘルスセンターや歯科医師会・薬剤師会を含めた四師会との連携を強化し、市民に対する正しい知識の普及に向けた啓発活動等に取り組む。
2.医の倫理の高揚と医療安全対策
近年、社会の変革や患者意識の変容等に伴い、医師と患者の関係はこれまで以上に複雑・多様化している。時に患者にとって最善の治療法が身体的な問題や経済的理由、宗教的観念から受け入れられないこともあり、医師としての専門的立場からのアプローチを行いつつも患者に寄り添う医療が求められている。
高齢社会を迎え、医療がこれまでの診断・治療に加え、支え・寄り添う医療、緩和ケアをも包含するものへと大きく変化をする中、引き続き日本医師会の「医の倫理綱領」や世界医師会の「医の倫理マニュアル」、福岡県医師会の「医道五省」等を周知徹底し、医師としての職業倫理指針を示すとともに会員一人ひとりの自浄作用を活性化させていく。
医療の公共性を重んじ、法規範の遵守と法秩序の形成に努めるとともに、医療を通して社会の発展に尽くすべく地域活動にも積極的にその使命を果たしていかなければならない。
そのため、医師は常に高度な倫理観と医師としての矜持を持って自らを律しながら、弛みない自己研鑽を通して知識と教養を深めるとともに、人格を高め、ノブレス・オブリージュの精神をもって日々の診療や地域活動に取り組まなければならない。
安心安全な医療は医師と患者・家族の信頼関係の根幹を成すものであり、引き続き医師・従事者へ「医療安全対策研修会」や「ハートフル研修会」等、市医師会や県医師会が開催する研修への積極的な参加を促し、患者の安全確保と医療の質の向上を最優先とした医療安全対策の推進に取り組み、市民の医療への信頼をより一段と向上させていく。
また日本医師会医師資格証の普及を通して、会員としての意識の高揚と医師としての使命感や職業倫理の醸成をはかる。
ただ一方において、昨今、顧客が企業に対して理不尽なクレームや侮辱的・威圧的に振る舞う、いわゆるカスタマーハラスメントが横行しており、医療現場においても同様に事実無根の言い掛かりや法的根拠のない要求、大声や奇声を発して診療を妨害するなどの暴力的言動が跋扈している。
こうした医師と患者の信頼関係を大きく逸脱した行為に対しては毅然とした態度で望まなければならず、会員や従事者が安全に業務に従事できるよう、他業種における対策を参考にしながら警察とも連携し、助言を得て研修会等を通じ、必要な対策・情報を提供していく。また株式会社ケンイと有用な保険制度を紹介するなど、会員・従事者が安心して本来の業務に専念できるよう負担の軽減を図る。
3.生涯教育の充実
生涯教育は医師にとって最も重要なものの1つであり、科学者や技術者等様々な顔を持つ医師としての本質を成すものである。本会においても日本医師会の「医師は日進月歩の医学・医療を実践するため、生涯にわたって自らの知識を広げ、技能を磨き、常に研鑽する責務を負う。医師の生涯教育はあくまで医師個人が自己の命ずるところから内発的動機によって自主的に行うべきもの」とする理念に基づき、会員支援に努める。
特に医師が最新の技術や知見を習得し、臨床医学の実践における医療水準を満たした医療を実施出来る様、必要な情報を提供し、スキルアップや安全対策、患者との信頼関係の醸成等をはかるべく生涯教育制度の更なる充実に取り組む。
研修会については、各区医師会や専門医会、関係機関と連携して、時流にそった医学的・医療的テーマを選定し、より多くの医師が生涯学習に参加できるような体制を整える。
また新型コロナウイルス感染症を経験し、よりよき研修体制のあり方について引き続き検討を行い、多様な履修環境を提供して、日医生涯教育制度の申告率・達成率の更なる向上を図る。
4.地域医療提供体制の充実
2024年度は働き方改革とともに医療・介護・障害のいわゆるトリプル改定と第8次医療計画・第4期医療費適正化計画・第9期介護保険事業計画のトリプル計画が新たにはじまる年である。2025年までの地域医療構想を着実に遂行し、同時に次の大きな節目となる2040年をも見据えて諸課題に取り組んでいかなければならない。
コロナを経験し、それぞれの分野には感染対策が求められ大きな負担となるが、強靭な医療提供体制を構築していかなければならず、特に地域の実情に応じて策定する地域医療構想は市と区が絶えず情報を共有しながら、外来医療計画や病床の機能分化・連携等について、忌憚のない議論や検証を行う場として、地域医療構想調整会議をより活性化させていく。
また研修については、現場に即した内容やタイムリーなテーマを取り上げ、地域の医療・介護に取り組む施設やその従事者を支援し、地域における医療・介護の更なる充実と質の向上をはかる一方、北九州市や関係機関と連携し、障害者施策や難病・発達障害者支援にも注力する。
更に、救急・災害時や生涯保健等、切れ目のないサービスの提供を目的に取り組んでいる北九州とびうめネット(医療情報ネットワーク)の更なる拡充を図り、迅速で充実した医療の提供を推進する。
2025年以降、高齢者人口の伸びが徐々に鈍化する一方、15〜64歳までのいわゆる生産年齢人口(現役世代人口)は急減するとされている。総務省の人口推計によると直近のデータで7,400万人、総人口に占める割合は59.4%にまで低下しており、高齢化のピークとされる2040年には必要とされる医療・介護就業者数に対し、100万人の不足が確実視され、人材の養成・確保が喫緊の課題となっている。
本市においても医療・介護関係のみならず、将来的な就労人口の不足は深刻な問題となっているが、人材の養成・確保は人口の流出から少子化対策、個人の職業選択の自由等多岐にわたる大きな問題であるため、行政や関係機関と連携した総合的な施策として取り組まなければならず、医師会として必要な対策には積極的に関与していく。
特に、地域医療の重要な担い手である看護師の養成については、学校間における情報や課題の共有を強化し、引き続きその在り方についての検討を行う。
5.救急・災害医療対策
救急医療は毎年北九州市民を対象として行われる意識調査において、「評価」「要望」とも絶えず上位に挙がる市民にとって最も関心の高い問題の1つであり、自治体にとって市民が安心安全に暮らすための基本政策である。
高齢化の進行により増加が見込まれる在宅や高齢者施設における比較的軽症の救急患者への対応については、実際に搬送されている高次救急医療施設の役割と乖離しているため、本来診るべき重症患者への受入に支障を来す等の問題が生じている。こうした問題は中医協においても地域包括ケア病棟を有する医療機関での対応等についての議論がはじまっており、診療報酬における措置等、実態に即した対策がなされるよう、県医師会を通じるなどして情報の提供・発信を行っていきたい。
また、働き方改革の実施に伴い、夜間休日急患センターやサブセンターへの出務等に支障を来す恐れがあることから、本件に対する会員意識をこれまで以上に高める一方、地区医師会とともに行政や専門医会、病院、産業医科大学等と現状の医療資源を踏まえた持続可能な制度として維持していくために必要な体制づくりに熟議を重ね、大胆な変革をも視野に入れた現実的な結論を出さなければならない。
一方、関係機関と協働しながら「救急医療電話相談#7119」や「小児救急医療電話相談#8000」の周知をはじめとした市民の適正な救急受診に対する啓発活動にも取り組む。
近年、地震や大型台風、線状降水帯の発生等、明らかな気候変動に伴う災害が各地で頻発する中、日頃からの緊急連絡網訓練の実施や災害医療研修等を通して、会員や従事者の災害医療に対する理解を深め、知識と技術の向上に取り組む。
また医師会役員はもしもの際に遅滞なく指導的役割が果たせるよう、より実践的な対応を体現できる災害医療作戦指令センター(DMOC)による訓練に積極的に参加して日頃からの災害意識を高めるとともに、各区医師会ともしもの際、俊敏に機動的な対応が行えるよう、システムや体制の確認、シミュレーション等を行っておく。
更に新型コロナウイルス感染症を経験し、より実態に即した「医療救護計画」の改訂を行う。
6.少子高齢社会対策に向けた取り組み
平成以降、この30年あまりの間に日本の高齢化率は12%から28%へと急速に進み、本市はこれを遥かに超える31.36%となった。
かかりつけ医は予防から検査・診察・診断・治療、その後の対応から必要に応じた高次医療機関や施設への紹介に至るまで、身近に何でも相談できる存在として、少子高齢社会対策の中心的役割を担わなければならない。
そのため医師会は多様な職種や機関との連携推進や研修機会の提供等、引き続きかかりつけ医の支援に努め、患者や利用者が可能な限り住み慣れた地域で、それぞれが持つ能力に応じて自立した日常生活が送れるよう、地域包括ケアを充実させる等、地域の実情に即した医療・介護提供体制の構築に努める。
医師や医療・介護従事者を対象とした各種研修会の開催を通して、より質の高い医療・介護の提供や高齢社会対策の担い手となる人材の育成をはかる。特に今後も患者需要の増加が予測される在宅医療については、会員が取り組むための立場に立った研修を企画し、必要な情報を提供していくなど、在宅医療に参画するために障壁となっているものを1つずつ取り除き、担い手を増加させていく。
認知症は2025年に700万人、実に高齢者の5人に1人がなると見込まれており、北九州市も約4万人、高齢者の7人に1人が罹患していると推計されている。社会的コスト(医療費+介護費+インフォーマルケアコスト)が17.4兆円とがんの5兆円の3.5倍を要するとされていることもあり、岸田総理も認知症と向き合う「幸齢社会」の実現に向け、トップダウンで対策を指示し、昨年6月には認知症者の尊厳を守ることや正しい理解の普及、バリアフリー化の推進等を骨子とした「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が成立した。
対策の基本となる認知症施策推進大綱は「予防」と「共生」の両輪による対応を謳っており、本市においても「北九州市認知症施策推進計画(通称:北九州市オレンジプラン)」をベースとして、市の認知症支援・介護予防センターや認知症疾患医療センター、ものわすれ外来、認知症初期集中支援チームをはじめとした様々な役割を担う機関と連携しながら、認知症の早期発見、対応する人材の育成、市民への認知症に対する理解促進や相談窓口の周知等、予防・医療・生活支援・啓発等に注力する。
昨年6月、「次元の異なる少子化対策」を実現するための具体策として「こども未来戦略方針」が閣議決定された。「若い世代の所得を増やす」「社会全体の構造や意識を変える」「すべての子ども・子育て世帯を切れ目なく支援する」という3つの基本理念をもとに加速度的に取り組むとしている。少子化対策・子育て支援はすべての国民がそれぞれの役割に応じた対策に取り組むべき国家的課題であり、医師会も引き続き担うべき役割に取り組んでいく。
乳幼児・園児に携わる医師や関係機関を対象とした研修を企画・立案し、質の向上をはかるとともに、乳幼児健診やペリネイタルビジット、産科健康診査をはじめとした切れ目のない妊娠・出産・子育て支援の強化を通して、引き続き「日本一子育てしやすい街」としての評価を不変的なものにしていく。
また虐待予防や医療的ケア児への対応にも取り組み、市が中心となって進める発達障害者への地域支援にも積極的に協力し、これを推進していく。
7.地域保健活動の推進
北九州市や関係機関と連携し、予防接種や感染症対策の他、乳幼児期から学童期・青年期・壮年期・老年期に至るライフサイクルに応じた生涯保健事業を実施し、またアレルギー対策を含めた学校保健活動や職域における健康の推進等に取り組む。
治療ばかりでなく、人生に寄り添う医療が求められる中にあって、相談から治療、その後の対応に至るまで、多様な役割を担うかかりつけ医を支援し、その機能の強化をはかる。
恒常的な生活習慣による高血圧・高血糖等は死因のリスク要因であり、生活習慣の改善や行動変容を促す等の啓発を行うとともに、市民の健康づくりを支援し、現役世代からの健康づくりや高齢者への介護予防を推進して、健康寿命の更なる延伸をはかる。
特定健診・特定保健指導については直近の健診受診率が33.9%にとどまっており、国が設定する目標受診率60%との乖離が大きく、特に受診率が低い40〜59歳世代を中心とした受診勧奨を強化し、先ずは市が目指すコロナ禍前の36.6%超えに向け、受診率の向上に注力する。
がんは1981年以来我が国の死因第1位であり、2022年には全国で約38万6,000人、全体の24.6%を占め、本市においても毎年3,300名前後の方が亡くなられている。新たに発表された国の第4期がん対策推進基本計画に則って行政や関係機関と連携し、諸外国と比べて低い検診の受診率の目標が50%から60%に引き上げられたことから、精密検査受診率とあわせて更なる向上をはかるべく、啓発の徹底や相談・情報提供の充実をはかり、第3期基本計画から続く全体目標の3本柱である「予防」「医療」「共生」を推進する。
毎年約1万人の女性が罹患している子宮頸がんについてはHPV検査の公費実現に向けて市との協議を進めるほか、専門医会と連携しながら、本市の対策キャッチフレーズである「お母さんは検診、娘さんはHPVワクチンを」を徹底していく。また部位別がん罹患者数が圧倒的に多い乳がんについては引き続きピンクリボン運動をはじめとした各種のイベントとタイアップするなど、更なる検診受診率の向上に注力するとともに、デジタル読影の円滑化と充実をはかる。
循環器病は心疾患の死因が2位、脳血管疾患の死因が4位で、あわせて年間31万人以上の方が亡くなっている。発症後は介護が必要となったり、回復期や維持期にも再発や憎悪を来たしやすいことから、政府は昨年3月に第2期循環器病対策推進基本計画を閣議決定し、予防や正しい知識の普及啓発、保健・医療・福祉サービスの充実等を柱に、健康寿命の延伸や死亡率の減少を掲げている。
本会においても小児期からの運動・栄養・睡眠等に関する健康教育を通した生活習慣の習得等、正しい知識の普及啓発や早期発見早期治療に繋げるための切れ目のない健診体制の整備等、循環器病対策の推進に取り組む。
喫煙は言うまでもなく、がんをはじめとした循環器疾患や糖尿病・慢性閉塞性肺疾患等、生活習慣病の最大の危険因子である。未成年者や妊婦・職場等における望まない受動喫煙をなくすことを目的とした改正健康増進法の主旨に則って対策に取り組むとともに喫煙率自体の減少にも努める。
更に、近年、職域においてメンタルヘルス不調や過重労働による健康障害、各種の健康相談が増加する中、産業医が「作業管理」「作業環境管理」「健康管理」の3管理に加えて、適切な助言等により、予防や早期対応が図られるよう、産業医科大学の協力を得て、時流にそったテーマの産業医研修会を企画開催し、産業医の質の向上等支援に努める。
また地域産業保健センター事業を活性化させ、小規模事業場に対する支援を通して、労働者の健康保持増進に貢献していく。
8.勤務医活動の支援
勤務医医学研究助成論文事業を実施し、勤務医の研究活動の支援に取り組むとともに、県医師会や日本医師会との連携・情報共有、病院交流会・医学集談会の開催等を通して、病院間や開業医との連携の推進に努める。
北九州専門医レジデント制度や研修医歓迎レセプション、研修医症例報告事業等を実施し、研修医の支援をはかるとともに、本市における医師・研修医の安定的な確保をはかるべく実状に即した対応を行っていく。また日本医師会が進める勤務医・若手医師の入会促進と入会後の定着、医師会活動への積極的な参加を支持し、本会においても広く呼びかけ、同様に取り組む。
「医師の偏在対策」については、相互に関連し合う「地域医療構想」「医師の働き方改革」との三位一体改革として都道府県単位で検討が行われることから、日本医師会の「医師の負担軽減」や「地域の特性に基づく確保対策」「多職種連携の推進」という立場を支持し、人口や医療提供体制・医療機能等からみて、真に適正な配置となるよう関係機関に働きかけていく。
9.働き方改革
「医師の働き方改革」については、応召義務や保険制度をはじめとした違いや献身性を尊ぶ国民性による影響もあるが、日本の医師は諸外国の医師に比べて明らかに労働時間が長く、日本医師会が進める「医師の健康への配慮」と「地域医療の継続性」の両立という観点から、2035年度をも視野に入れて、医師個人の希望が反映されるような働き方改革を進めていかなければならない。
一方、現状は救急医療や周産期母子医療等、医療資源が乏しい分野においては大学病院等からの医師の派遣がなければ制度を持続することが難しく、このままでは体制やシステムの維持が非常に厳しい状態に陥ってしまう。
会員においても未だに認識が低いこの問題については引き続き啓発をし続け、意識の高揚を図るとともに、医師会が中心となって行政や派遣元医療機関、救急医療機関、受入医療機関等との話し合いを通して課題を洗い出し、問題点を共有するとともに解決に向けた協議に取り組む。
それでも地域における努力だけでは解決しえない絶対的課題については、上部団体や関係機関を通して、強く是正を求めていく。
10.男女共同参画事業の推進
我が国は世界経済フォーラムが毎年発表している「ジェンダーギャップ指数」の直近順位において、「保健」「教育」分野では一定の評価を得ているものの、「政治」「経済」で大きく遅れをとっており、146カ国中116位だった昨年を更に下回り、過去最低の125位に後退した。
2023年の医師国家試験の女性合格者数が3,261名、合格率が34.57%といずれも過去最高を記録し、世界の現状を踏まえて医療界においても女性医師への支援を一層推進する。
妊娠・出産等特有のライフイベントを抱える女性医師のキャリア不安の払拭や就労支援、医療現場における理解促進等、女性医師が抱える問題を医師会全体で共有し、対応していくための一環として開催している「職場環境改善研修会(男女共同参画推進部会研修会)」をはじめとした活動をより充実させるとともに、行政や関係機関との連携をはかりながら、女性医師がより働きやすい環境作りに取り組む。
また日本医師会や県医師会が開催するセミナーに積極的に参加し、見識を高めるとともに最新の情報等を積極的に会員へ提供していく。
更に地域における女性医師指導者の育成を図り、引き続き女性医師が医師会活動に積極的に参画できるような体制づくりを進める。
11.広報活動
市医報、北九医FAXニュース、ホームページ等の充実を通して、必要な情報の迅速な提供に努める。
また、県医師会と連携して市民への医師会活動の周知をはかるとともに、医師会や医療問題への理解・関心を高めていくための情報発信方法等について検討を行う。
12.会員支援
医師会として会員相互の融和促進や会員福祉の向上を図るべく休業時の補償制度の充実や税務、医業経営支援のための研修会の開催、診療報酬の算定をはじめとした医療保険に関する情報を迅速に提供していく。また、医療機関に対する暴力や暴言等、迷惑行為の増加に対応するための情報提供や必要な保険制度等の紹介を行う。
13.公益社団法人としての適正運営
公益社団法人として相応しい会務の運営や公益目的事業の円滑な遂行を通して、不特定かつ多数の利益に寄与し、また法人の安定的な運営に努める。
14. その他